№242 鳳凰山

10月24日(木)

台風が日本列島へ近づきつつあります。
台風の進路に当たる地域の皆様は、充分注意してください。

今日は、昨日アップした鳳凰山につきまして、少し触れさせていただきます。

かつては薬師、観音、地蔵の三つの峰の総称を鳳凰山と呼んでいたようです。
しかし現在では、それに赤抜沢ノ頭と砂払岳を加えた五峰を指します。

山名の語源については、諸説あるようです。

まず、地蔵岳の絶頂に二つの巨石が並び立ち、その姿を大日如来に擬して古来の人々は尊崇し、法皇山と呼ぶようになったという説…。

西暦756年のこと。孝謙天皇が、夢のお告げによって、現在の山梨県早川の上流奈良田へ7年間遷居され、滞在中に芦安から今の鳳凰山へ登られたことから法皇山の名を生じさせたという説があります。

いずれにしましても、北御室、南御室、御座石などの地名が残ることからも信仰と深い関わりを持つ山であることは、証明されています。

地蔵仏は高さ約18m、オベリスクとも呼び、鳳凰山の象徴として多くの人が訪れています。

この岩頭に最初に登ったのは、英国人宣教師のウェストンとして知られます。
わが国における岩登りの最初とされるクライミングが、なんと地蔵仏岩の登攀なのです。

地蔵ヶ岳山頂部の西側鞍部一帯は賽ノ河原と呼ばれ、石製の小さなお地蔵さんが無数おかれています。
子供に恵まれない人が、これを借りて家に持ち帰り、子が授かるともう一体をお礼に献じたという信仰です。

鳳凰山の高点は観音岳で、二等三角点が置かれ、標高は2840m。

私は、麓の青木鉱泉から入山し、中道を登って御座(みくら)石(いし)を通り薬師岳に登頂し、薬師小屋で一泊。
翌日は、薬師岳、観音岳、赤抜沢ノ頭、地蔵ヶ岳を踏んで、五色ノ滝、精進ノ滝を経て、青木鉱泉へ周回しました。
計14時間の歩行でした。

薬師岳から地蔵ヶ岳までの稜線歩きは、白砂を敷き詰めた神社の境内のような聖域を、歩くような心地がしました。

さらにまた、西側には白鳳三山とその右に仙丈ケ岳、甲斐駒ヶ岳が、
北側正面には雪化粧した北アルプスの峰々が、北東には八ヶ岳と浅間山が、
東側には奥秩父の連山とその右に霊峰富士が鎮座して見えました。

登りは頂上付近まで樹林帯が占める展望のない辛い登りが続き、下山は滝の連続する急峻な斜面。
足に極度な負担のかかる下りが続きました。


富士山はコノハナサクヤヒメの女神と一体とされる 砂払岳から見ている
雲上の霊峰富士



霊峰富士と雲の海を隔てて対峙する薬師如来 薬師岳
薬師岳



観音岳から望む駒ヶ岳と雲上の八ヶ岳 どちらも信仰の山 地蔵ヶ岳は手前中央に座る
観音岳から望む地蔵ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、八ヶ岳


鳳凰山のシンボル的存在の地蔵ヶ岳 絶頂の巨岩はオベリスクと呼ぶ
地蔵仏の絶頂


山岳信仰と関連性のある名のついた精進ノ滝
精進ノ滝
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Alps Photo Gallery

Author:Alps Photo Gallery
たくましく生きる者の姿を。
厳かにして優しい大自然の表情を。
山岳写真家津野祐次と長谷アルプスフォトギャラリーのスタッフが綴る信州伊那市長谷にある、長谷アルプスフォトギャラリーの日記です!

カテゴリ
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
フリーエリア
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
検索フォーム