No.408 春本番

5月6日(土)曇


ブログを見てくだっている皆様、
長谷アルプスフォトギャラリーをお訪ねくださいました皆様、

ありがたく厚く御礼申し上げます。

月日の過ぎ去る速さに驚くこのごろです。

すでに5月となりまして、GWもフィナーレが近づいてきました。

この連休は津野が管理人を務めさせていただいておりました。
明日の7日(日)は親戚の1周忌がありまして、管理人が変わります。

伊那市高遠町に住むHSさん、HKさん、箕輪町のTさん、木曽町のSさん、Mさん、岐阜県美濃加茂市のMさんご夫妻、愛知県一宮市のMさん、山梨県中央市のNさんご家族、長崎県壱岐市のKさんご夫妻、飯田市のOさんご夫妻、同じくKさんご夫妻、埼玉県川口市のAさんご夫妻、伊那市山寺のSさん、松川町のMさん、駒ヶ根市からのご家族4名様、愛知県からの若いカップル様、ほか大勢の皆様がお訪ねくださり、お会いすることができまして、とても幸せでした。

辰野町赤羽にお住いの男性Mさんは「月刊かみいな」に連載中の『上伊那日和』を初回号からすべてストックされていることをお伝えくださいました。12年と5ヶ月の連載ですから149回になります。
Mさん、本当に有難うございます。
この5月号に掲載した気の里・分杭峠の写真、実際撮影した現場へお訪ねいただいたと、うかがいました。
これからも心地よい風景をお届けできますよう、がんばります。

伊那市長谷非持ご出身で練馬区で医療関係にて活躍されているNさん、お会いでき、ゆっくりお話をうかがうことができまして、うれしかったです。「少年の頃は、自然界に見向きもしなかったけれど、最近は自然の佇まいを目にすると心にしみます」と、コメントをいただきました。きっとNさんの心が美しいからだと思います。誠実な方とお見受けしました。
ブログを楽しみに見て下っていて、前回アップさせていただいた大鹿村の大西公園を訪ねられたとお聞きしました。鹿嶺高原にも上がられたとか、期待して行って来られたのですね。

ブログにて紹介するさまざまな地につきまして、責任の重さを痛感しました。
地元の状況をこれからも紹介してまいります。引き続きまして、よろしくお願いいたします。

仙丈ヶ岳の馬の背ヒュッテに本年度から管理人を務められるSさん、準備のお忙しいところお立寄り下さり、ご挨拶いただきましたこと恐縮至極に存じました。

Sさんは素敵な方で、昨年、北アルプスの北端・糸魚川から入山して北アルプスを縦走、続いて中央アルプス、八ヶ岳、南アルプスと、それらをつなぐ山々もすべて走破されたそうです。その日数は55日間といいますから凄いです。

精神力、体力、技術力、登山に必要な英知ばかりか、人を思うやさしさと、ご自分にとことん厳しい強さを持ち合わせた方なのだと、言葉の端はしに感じることができました。

きっとすばらしい山小屋になることと期待しております。
山小屋が今年のオープンを迎えたらお訪ねしますね。

私がご指導いただきお世話になった先輩の友人に、スイスアルプスからヒマラヤ山脈をすべて人力で走破した方がおられます。なんと25年以上の歳月をかけたそうです。
その後は、日常の生活に戻るのに何年もかかったと聞いています。
浦島太郎状態だったことでしょう。
並の人間には到底できないことです。

古代中国の詩聖李白は、世界の陸地面積の約1/5を有した古代中国を、彼は一生をかけて、ほんとんどの地を走破したとされ、実践の詩人として後世に称えられています。
道路整備もなく、病院もなく、宿泊施設もない、そんな時代に旅を続けたこと、苦難の道のりは想像もできません。

けれども我が国の文芸に多大な影響を与え、彼を追慕した能因、西行、芭蕉、蕪村などへ連綿とつながってゆきます。

歌聖・西行は、その時代、宮廷内で歌枕の地を想像して詠むのが通常でしたが、北面の武士という超エリートの道を捨て、歌枕の地を自らの足で歩き、自身の目で観、歌を吟じた文人です。

生涯に詠んだ歌の中では花の歌、恋の歌が多いようですが、半分以上が桜の和歌です。

桜を観察するために吉野に庵を編んでその地に住み、桜の花びらまで食べたという逸話がのこります。

西行はまた、鎌倉では源氏の棟梁・頼朝と談合、陸奥の藤原氏を訪ね、全山桜といわれていた束稲山を観桜したり、歌枕の地・塩釜桜を訪ねたり、古代における太宰府、奈良、多賀城、三政庁の政治的拠点のひとつ、多賀城ではどんな思いで見つめたのでしょう。付近には古歌に詠まれた歌枕の地が目白押しとなっております。
いろいろと興味がわきます。

それから約500年後に俳句革命を成し遂げた俳句のパイオニア・松尾芭蕉が台頭します。
彼もまた西行の跡を追い、陸奥へ旅して名著「奥の細道」を遺しています。
源義経、源義仲に傾倒して木曽や、藤原氏の拠点・平泉を訪ね、「夏草や兵どもが夢のあと」「五月雨にふりのこしてや光堂」、「閑けさや岩にしみいる蝉の声」などの名句を生み出しています。
この旅では2400キロを歩いています。彼は人生の中で、合計4800キロの旅をしますが、その半分を奥の細道に費やしていますから、陸奥にかける強い思いを感じます。
旅の3年後に病に倒れ、永遠へと旅立っています。
「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」が辞世の句です。

弟子たちに遺言を残しますが、門弟らは遺言通り、源義仲の眠る義仲寺に芭蕉を埋葬しました。
源氏の覇者となるべき正当な血統を持つ義仲の悲哀な人生に敬慕したのではないかと推察できます。

与謝蕪村は、芭蕉の名声を世に知らしめたと言っていい人物。色彩美あふれる句と俳画があまりにも有名です。
「春の海ひねもすのたりのたりかな」など彼の句を知らない人はいないほどの名句を遺しています。

その後は、種田山頭火の自由律俳句なども生まれ、ますます詩の世界は多彩になります。
ふっと心の奥深いところから漏れ出すような言葉、ため息、そういったものをストレートに文字に変え表現しました。
それが鑑賞する人の心を打つのでしょう。
「鉄鉢のなかにも霰」、「分け入っても分け入っても青い山」、「雨降るふるさとをはだして歩く」など季語、切れ字もなく、五七五の文字数にもこだわらない自由奔放な句が光彩を放ちます。

彼と同時代に生きたもうひとりの自由律俳句の先駆者を忘れることはできません。尾崎放哉です。
山頭火と放哉、お互いにお互いを意識しあっていたようですが、会うことはなかったようです。
二人は人生の境遇、俳句までも似ています。

放哉は肺の病に侵され、奥さんが迎えに来るのを待ちつつ庵で生涯を終えます。
「咳をしても一人」、「入れものがない両手で受ける」、「障子しめきって淋しさをみたす」、「心をまとめる鉛筆とがらす」、「とんぼが淋しい机にとまり来てくれた」などは好きな句です。

随分と話が逸れましたが、山小屋の管理人を務めるSさんの山旅をお聞きし、このような文学の系譜が頭に浮かんだ次第です。


さて、今日はいままでになく長いブログとなってしまいました。読んでくださりありがとうございます。

最近取材した地の中から少しですが下記へアップさせていただきます。
お楽しみいただけますと幸いです。




岩峰を彩るそれぞれの木花と若葉
岩峰を彩るそれぞれの木花




菜の花の咲く水田に映える残雪の中央アルプス
菜の花咲く水田に映える残雪の中央アルプス




遅い春を迎えたシダレサクラと八ヶ岳
遅い春を迎えた垂れ桜と八ヶ岳




青空に熱気球と北アルプス
青空に熱気球と遠く北アルプス




千曲川の清流と獲物をもらう鷹
千曲川の清流と獲物を狙う鷹




伊那米の水田地帯を見守る中央アルプス
伊那米の水田地帯を見守るように残雪の中央アルプス




岩と化した御仏を取り巻く木々
岩と化した御仏を取り巻くような木々




淡い若葉と障立する妙技山
淡い若葉をまとう木と障立する妙義山









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Author:Alps Photo Gallery
たくましく生きる者の姿を。
厳かにして優しい大自然の表情を。
山岳写真家津野祐次と長谷アルプスフォトギャラリーのスタッフが綴る信州伊那市長谷にある、長谷アルプスフォトギャラリーの日記です!

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