木曽義仲ゆかりの里を訪ねました


新盆を迎えた故・中山秀幸さん宅を8月13日、日本山岳写真協会南信支部の役員とお訪ねし、斎壇の遺影にごあさつしました。

その翌日の8月14日、木曽義仲とゆかりの深い宮ノ越を訪ねました。

宮ノ越は、木曽福島の北隣に位置する中仙道の中間地点。

木曽義仲(源義仲1154年-1184年)の生誕の地として知られ、義仲が源頼朝と呼応して平氏討伐の兵を挙げた旗挙八幡宮、菩提寺となった徳音寺、生涯の軌跡を展示する義仲館など、義仲に関係した史跡が目白押しです。

源家正統の血統を持つ頼朝、義経と並ぶ木曽義仲は、平安時代末期の悲哀の武将、幼名は駒王丸、木曽次郎源義仲と称しました。

1180年、後白河法皇より平氏追討の命を受け木曽八幡宮で旗挙げし、群馬県に進出して亡き父の遺領多胡荘に入り、やがて北陸に進軍します。

平氏が陣する倶利伽羅峠では夜襲をかけ、見事に険を突破し、ついに入京をはたします。

征夷大将軍に任じられるなど数々の武功をあげますが、後白河法皇の策略によって頼朝軍に破れ、粟津ヶ原で討たれます。

31歳という短い生涯でしたが、木曽の山中で育った義仲は、文武に優れた人物であったといわれます。

あの勇敢な女性・巴午前とのロマンも語り継がれています。



私はまず旗挙八幡宮を訪ねました。

ちょうど一年に一度の祭りの日と重なり、一角には祭りの旗が風になびいていました。

旗挙八幡宮


拝殿の脇には、義仲手植えと伝わる大きなケヤキの木が千年の樹齢で迎えてくれ、たわわに実りつつある水田の稲穂が、さんさんと降り注ぐ太陽を受け、穂波を輝かせていました。

続く、徳音寺は、義仲が母を葬った寺で一族の菩提寺。
参道の両脇に居並ぶ石仏群と、コバギボウシの紫色の花が印象的でした。

徳音寺

徳音寺山門の扉



昼食をはさんで、国道19号線を南下して須原宿の定勝寺を訪ね、須原宿の町並みを歩きました。

山の泉から引き入れた水舟には、人々の生活の歴史が息づき、水舟の周囲には粋なはからいから野草の花植えが置かれ、大木を刳りぬいた大きな水槽には新鮮なスイカ・トマト・キュウリなどが満々とたまった清水に浮いていました。

この地で生活する日常の音を聞きながら、生活の邪魔をしないようそっと歩き、古きよき文化を肌で感じながら街を往還しました。

須原宿の水舟


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Alps Photo Gallery

Author:Alps Photo Gallery
たくましく生きる者の姿を。
厳かにして優しい大自然の表情を。
山岳写真家津野祐次と長谷アルプスフォトギャラリーのスタッフが綴る信州伊那市長谷にある、長谷アルプスフォトギャラリーの日記です!

カテゴリ
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
フリーエリア
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
検索フォーム